永渕康之著『バリ島』講談社現代新書、1998.3
タイトルとは裏腹に、本書は「バリ島」の観光案内でもなければ、「バリ島」の文化や社会を記述したモノグラフでもない。文化人類学を専攻する著者は、本書において「バリ島」に今日に至るまで与えられ続けている「神々の島」「芸術の島」といったイメージが、いかにして形成されてきたのかを論証しようと試みているのである。その理由について著者は、1931年の「パリ国際植民地博覧会」と1937年にニューヨークで刊行されたミゲル・ゴバルビアスの著作『バリ島』(関本紀美子訳、平凡社、1991)の二つの事例を取り上げつつ、それがオランダによる植民地統治や、大戦間という期間を含む「近代」という時代状況と切り離せないことを述べている。なるほど、と思わずうなずいてしまうのだが、永渕がヨーロッパ人や、ヨーロッパ人による教育を施された「植民地エリート」によるやや強引とも言える「バリ文化」構築に関して基本的には批判的なスタンスをもっているのに対して、山下晋司はそれは必ずしも否定的な側面ばかりを持つものではないことを次のような言葉で表現している。すなわち「バリにおいては…むしろ観光が伝統文化を保存し、新しい文化創造のための刺激剤になった。」(山下晋司「『劇場国家』から『旅行者の楽園』へ−20世紀バリにおける『芸術−文化システム』としての観光」『国立民族学博物館研究報告』17巻1号、1992、p.19)というのである。この辺りの議論は今日の人類学が孕む問題点の中でも特筆するに値するものをいみじくも表象しているように思われるのだが、いかがであろうか。いずれにせよ、本書は「植民地主義」についてはもちろんのこと、そもそも「文化」とは何か、ということを考えさせてくれる、誠に啓発的な書物であった。(1998/06/28)