伊藤計劃著『ハーモニー』早川書房、2008.12

本書を刊行してからわずか数ヶ月でこの世を去ってしまった伊藤計劃による最後の長編。第30回日本SF大賞、第40回星雲賞のW受賞、『SFが読みたい!2010年版』による2009年のベストSF第1位、と、空前絶後とも言うべきほどの高い評価を得た作品で、個人的には近年におけるSFの金字塔と考える作品。
物語は主人公・霧慧(きりえ)トァンが高校生だった時間から紡がれる。トァンとその友人である零下堂(れいかどう)キアンは、透徹した思考と思想を持つ友人・御冷(みひえ)ミァハの教唆により、WatchMeと呼ばれる身体常時管理システムによって実現された健康至上主義社会を嫌悪し、ともに餓死することを選ぶ。しかし、結果としてミァハ以外は生き残ることに。13年後、WHOの職員となっているトァンは派遣先のサハラ砂漠から日本へとある事情により帰還を余儀なくされるが、そこで彼女を待っていたのは、久しぶりに再会したキアンの突然の死と、ミァハの影がちらつく未曾有の規模を持つテロリズムだった。物語は、「人類」自体の存亡を巡る、壮大なものに展開していき、やがて、というお話。
癌に身体を冒され、自身常時その身体を医療システムの管理下に置かざるを得なかった伊藤計劃が、そんな境遇に置かれてもなお、そういう自らの姿を客観視し、それこそ透徹した思考のもと、この世界について、これからの世界について書き残し得ることを、最良の形で記述し尽くした、とでも言うべき作品。21世紀初頭に書かれた代表的なSF作品として長く読まれることになるだろう。
なお、本書で用いられているタグが挟み込まれる文体というのも時々見かけるようになってきているけれど、これも時代の流れではある。しかし、ラストで明かされる、HTMLっぽい文体によって本書が体現している「仕掛け」というのも実に味わい深いものだ。人はいつまで人でいられるのだろう、そしてまた、どこまでが人なのだろう。そんなことをふと考えた。以上。(2010/06/05)