藤原伊織著『シリウスの道』文藝春秋、2005.06
私の大好きな作家である藤原伊織(ふじわら・いおり)による、2003年秋から2004年冬にかけて『週刊文春』に連載されていた長編小説。元々ハード・ボイルドに位置づけられる大変重苦しい作品を刊行し続け、前著『蚊トンボ白鬚の冒険』(講談社、2002.04)というファンタジィ作品でやや明るい方向に転じた観のあるこの作家だけれど、今回も基本的には重苦しい展開の中で、随所にコミカルな雰囲気も味わうことの出来る、この人の更なる進化振りというか方向転換振りを伺わせる見事な作品となっている。
明らかに電通がモデルになっている大手広告代理店の営業副部長を主人公とし、年末年始前に突然舞い込んだ新規ネット証券に関わる総額18億の5社による「競合」(コンペティションあるいはコンペというのではなかったか、と思ったのだが、業界用語は良く分からない。)に巻き込まれる営業所の右往左往と、主人公の幼馴染とその夫が、何者かにより過去のとある出来事をネタにした嫌がらせを受ける、という二つの流れを巧みに交差させた作品で、そのストーリィ・テリングや末端に至るまでのキャラクタ造形は大変素晴らしい。
キャラクタ造形について付け加えると、主人公はいつもの通り「飲み過ぎ」という感じなのだが(その割りにやたらと元気。真似をすると死ねます。)、それは措くとして、主人公の上司にあたる社内随一の美貌を誇る女性営業部長、大臣の息子なのにやたらと有能な中途採用の部下、競合のために急遽スカウトされたデイ・トレイディングを得意とする女性派遣社員の3名については、実に会心の出来映えで、これなら是非映像作品に、という印象をさえ持った。
さてさて、上記二つの流れのうち、「幼馴染」系列の方はやや偶然に頼り過ぎているように思ったし、そもそもこんなに面倒な事態が一時に訪れるものだろうかとも考えたのだが、そこは小説だからまあ良いのだろう。それを言ってしまうと、実は広告代理店の仕事内容が実に良く書き込まれた「競合」系列の方も最後のあたりは感動的とは言えやや付け焼刃な感じもないではない。年末年始に、検察が動いたことがあっただろうか?
なお、以下蛇足的なことを述べておくと、本書において重要なウェブ上での株取引、中でもデイ・トレイディングについてだけれど、これはみずほ証券の大暴走により間接的な形で新たに光を当てられてしまったわけで(株長者の存在が明らかとなってしまった、と。)、今年も一日あたりの出来高は更に増えるのではないかと予想している。でも、世の中はそんなに甘くないことはこの本の中でも語られていることで、億単位のボロ儲けをしているようなデイ・トレーダというのは要するに、例えば女子ゴルフ界における宮里藍や相撲界における朝青龍みたいな一握りの「天才」に過ぎず、才能のない者がやってもそう簡単には儲からない、ということは言っておかないといけない。くれぐれもご注意を。以上。(2006/01/04)