Paul Thomas Anderson監督作品 『ザ・マスター』
寡作な天才映画作家ポール・トーマス・アンダーソン(Paul Thomas Anderson)による、実に5年ぶりの長編映画である。先日行なわれたアカデミー賞では主演男優賞、助演男優賞、助演女優賞にそれぞれノミネート。惜しくも受賞は逃したものの、3人の名優による見事なパフォーマンス、そしてまた監督による卓越した脚色ぶりにより、非常に見ごたえのある作品となっている。
時は第2次世界大戦直後のアメリカ。従軍を終え帰国したフレディ(ホアキン・フェニックス=Joaquin Phoenix)は精神に大きな傷を負っていた。社会との折り合いをうまくつけられない彼は、ひょんなことからマスター(フィリップ・シーモア・ホフマン=Philip Seymour Hoffman)と呼ばれるカリスマが主催する信仰集団とともに生活するようになる。ともに様々な問題を抱えるフレディとマスターは、やや特殊な依存関係に入るが、集団が拡大する中で、彼らの関係は不安定さを増していき、やがて、というお話。
一場面一場面が鮮烈な印象を残す同監督ならではの卓越した映画技法はこの作品でもいかんなく発揮されている。初期の群像劇的手法から一転してほぼ主役二人に密着する手法がとられているが、既に自家薬籠中、といった具合。終盤の駆け足がやや気になったが、さりとて観るものに確実に何かを残す、そんな濃密な作品に仕上がっていると思う。
ところで、マスター主催の信仰集団のモデルはサイエントロジーである。とは言え、映画のテーマはあくまでも第2次大戦後という時代を背景にした、それぞれに問題を抱える男二人の心の交流にあるので、サイエントロジーの隆盛は物語の背景になっているに過ぎない。そのあたりの遠近感というか焦点あわせみたいなものが何とも絶妙で、作品全体として一つの時代とでもいうべきものを、見事に活写し得ていると思う。以上。(2013/05/09)